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田村研究室

マルチメディア論および演習

2009年度

2009
5/25

人間の視覚特性

明度と色彩

人間(ほかの生物も)の網膜には明暗に反応する棹体(杆体)(かんたい)と色に反応する錐体(すいたい)が存在する.このため人間の視覚に対応した画像には,明度情報と色情報のふたつが必要である.このうち,人間の視覚は明度成分の違いに敏感に反応し,色彩の違いにはさほど反応しない.次のアプレットは,画像を後述するYUV色空間で表現した上,輝度(Y)の階調数と色差成分の一つ(U)の階調数を操作 するものである.

これを見ると,輝度Yの階調数が16程度ぐらいで粗が目立つようになるが,色差Uは8で色調が変化するものの,4になるまでは画像は破綻しない.つまり人間の目はそれだけ色の違いに鈍感であることを示している.

ビデオカメラやUSBカメラでは撮影した画像をYUV形式で格納し,その際に輝度Y成分はフル解像度で格納するものの,色差UとV成分の方はその1/4の解像度でしか記録しない動作をするものが多い.これにより人間の見た目にはさほど影響を与えずに,画像データサイズを小さくすることがよく行われている.画像を圧縮する代表的技法のひとつであるJPG圧縮(詳細は後述)も,同様のことを行っている.

人間の目はなぜ明度に敏感か

前述のとおり,網膜には明暗に反応する棹体(かんたい)と色に反応する錐体(すいたい)が存在する.人間の場合,95%が杆体で占められており,色よりも明暗に対する感度が極端に強い.実はこれは,哺乳類一般の特徴である.哺乳類共通の祖先は長らく夜行性の活動を続けてきたと考えられ,色のほとんど見えない環境に適応するように進化した結果,網膜が明暗だけに強く反応するになったといわれている.

錐体は,反応する光の波長別に種類別される.人間の場合次の3種類の錐体を持つ.

  • 波長450nm付近の光(青色)に反応するS錐体
  • 波長525nm付近の光(緑色)に反応するM錐体
  • 波長555nm付近の光(黄緑色)に反応するL錐体

これは,人間が光の3原色によって色を知覚していることを示している.ただし,錐体の反応波長はいわゆるRGBではない.

一番原始的な脊椎動物である魚はもとより,両生類,爬虫類でも少なくとも3種類の錐体を持ち,一部は4種類の錐体を持つ生物種も存在する.特に鳥や鳥に遺伝的に近いと考えられている恐竜も4種類の錐体を持っていたのではないかと推測されている.

しかし,前述したように長らく夜行性の活動を続けてきた哺乳類だけは,この能力を退化させ,錐体が2種類になってしまった.例外はチンパンジーや人間など霊長類だけである.どうやら人類の祖先の猿が森林生活を始めたときに,再び錐体を3種類獲得するように進化したようだ.おそらく,緑の森の中から赤い熟した果実や黄緑の新芽を区別できた個体の方が生き残る確率が高かったせいではないかとの仮説が存在する.

ただし,人間が再び獲得した第三の錐体は元はひとつだったLとMの錐体を分離させた強引なものであるため,哺乳類以外が持つ元々の3種類のものと比較して性能が劣っている.実際MとLが主として反応する波長はかなり近いが,他類の生物は,もっと大きな波長差を検知することで人間に比べて色彩が豊かな世界を見ているはずである.例えば,人間にとって不可視の紫外線領域にも反応する種が存在する.そのような種はこのような世界をみているかもしれない.(参考写真集)

また,このような短期間の進化であるために,このMとLの錐体を分離させる遺伝情報はまだ不安定である.実際にM錐体とL錐体がうまく分離されていない緑と赤が区別できないタイプの色覚異常とされる人は無視できない割合で存在する.(このとき,L錐体の方が弱い場合は緑が見えず,M錐体が弱い場合には赤が見えない.いずれも赤と緑の区別ができない.)この遺伝情報はX染色体に含まれ,X染色体に異常がある割合は1/20といわれている.女性の場合には片方のX染色体が異常でも,もう片方のX染色体が正常ならば色覚異常が発現しないが,男性の場合にはひとつしかないX染色体に異常があればそのまま色覚異常が発現する.このため男性の色覚異常は1/20,女性の場合には1/400といわれている.しかし1/20の率は,「異常」とは呼べないほどの高いものである.

色覚異常には,この赤と緑の判別ができない異常の他にも,遺伝子欠陥によって先天的にSの錐体を持たない人や,錐体をまったく持たずに一切の色を知覚できない人が極めてまれに存在する.こちらの種類の色覚異常は本来の意味での「異常」と呼べる.

人間が敏感な色

また,色によっては人間が敏感なものとそうでないものがある.人間が敏感な色は,肌色に近い色で,逆に寒色系には鈍感であることが知られている.これは,感覚器としての目の性能によるものではなく,その後の脳における処理において,肌色に強い反応を示すことによる.この脳の特徴を活かして,テレビ信号では色表現を輝度,色差I,色差Qという形で表現し,Iによって暖色系,Qによって寒色系を表す工夫をしている.