情報活用ボランティアによる情報技術教育
片山 滋友 (グループ代表)
( 日本工業大学 情報工学科 )
【 はじめに 】
超高齢社会を前に、初等中等教育においてボランティア精神の育成の必要性が叫ばれ、ボランティア活動は小、中、高校生全員が行うことに加え、将来的には満
18歳の全国民に義務づける方向に進もうとしている。その中にあって、多くの大学では、様々な形のボランティア教育をカリキュラムに取り入れて来ているが、工学系の専門科目のカリキュラムに必修として取り入れている大学は非常に珍しい。当大学の情報工学科では、4年前より3年生145名前後の学生を対象に必修として、実践を主としたボランティアの授業を行ってきた。ボランティアには様々な内容のものがあるが、本活動はコンピュータを前に情報活用で困っている主に公的な組織や団体、個人を対象にお手伝いしようと言うもので、情報技術の専門知識を生かした活動であるので、「情報活用ボランティア」と呼称している。これまで
550名を越す学生が主に小・中学校を中心に活動を行ってきたが、人から頼りにされたり、人に教えたり、人の手助けをする立場に立たせることが非常に良い教育方法であることを実感している。また、地域も教室であり、教材であり、先生であるという新しい教育観の持つ意味を再認識している。この4年間実施してきたボランティア活動の概要と、活動後、学生や受入れ側がどの様に感じたのかアンケート結果により本教育の評価を行っている。【 授業科目 】
工学部 情報工学科 ゼミX( 情報活用ボランティア ) 必修2単位 3年次前期
【 授業の目的 】
ボランティア活動を専門のカリキュラムの中に取り入れたねらいを簡単に述べる。(1)ボランティア精神の涵養
21世紀の超高齢化社会では老人介護の問題や社会的弱者への対応は避けて通れない問題であり、“大学として何が出来るのか”という問からきている。
(2)「個」の確立
情報ネットワーク社会では「個」の確立、すなわち、自分は何をやりたいのか、何が出来るのか、生きることの意味をきちんと把握するさせることが重要である。(3)コミュニケーション能力の養成
相手の要求を正確に把握し、それに対する的確な対応が出来るようにすることは、情報システム開発に携わる技術者にとって非常に重要な能力である。それを疑似体験を通して養成する。
(4)これまで学んだ情報技術の実践と再チャレンジへの期待
この2年間に学んだ情報技術に関する知識を実践に移す機会になる。もし、期待に答えられなかったとき初めて本気で勉強を始めるのではないかという期待が持てる。
(5)その他
創造的人材の育成、主体性や積極性に富む人材の育成、地域や学内の情報化の推進なども当授業のねらいの一つとして考えている。
【 授業形態 】
【 評価 】
途中経過報告書と最終活動報告書の提出の後、活動報告会で発表して合格となる。不十分な場合(特に総活動時間数の不足)は、後期にも活動を行ってもらうことになる。
【 実施スケジュール 】
2月初旬 募集開始(活動依頼先
120ヶ所程度選び郵送)4月初旬 活動先決定とオリエンテーション
4月下旬まで 活動先と活動内容打ち合せ(活動の始まり)
5,6,7月 各月初旬に途中経過報告書提出(活動状況のチェック)
8月初旬 最終報告書提出(夏季休暇中の活動者は8月末)
9月初旬 報告書印刷製本
9月下旬 活動報告会
10
月下旬 活動先への礼状および活動報告集の送付とアンケート依頼【 オリエンテーションの内容 】
・基本マナーT(電話の掛け方,服装など)
・基本マナーU(プライバシーの尊重,自分の主張や価値観を押し付けないこと)
・状況に応じた柔軟な活動スタイルの勧め
・トラブルの対処方法
・安全対策(学生障害保険,ボランティア保険など)
・報告書の書き方
・その他
【 活動の概要 】
活動は二人一組で行うことを基本とした。活動先は大きく学外と学内に分けられる。学外は、小学校、中学校、高等学校、福祉施設、研修センター、病院などがある。表1にこの
4年間の活動依頼件数を示す。また、表2に実際の活動者数と活動先の推移を示すが、急速に学外に比重が移っている。これは学外の依頼が急速に増えたためと、学外を優先しているためである。平成12年度は学外からの依頼が非常に増え、学内外合わせて40ヶ所程を断らざるを得ない状況になってしまった。表1 年度による依頼先件数の推移(件)
実施年度 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
学 外 |
30 |
33 |
49 |
84 |
学 内 |
40 |
31 |
29 |
17 |
計 |
70 |
64 |
78 |
101 |
表2 年度別活動者に対する活動先割合の推移(%)
実施年度 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
学 外 |
53 |
56 |
71 |
99 |
学 内 |
47 |
44 |
29 |
1 |
活動者数 |
145 名 |
140 名 |
146 名 |
145 名 |
表3に小・中学校における代表的な依頼内容を示す。依頼で最も多いのは、ティーチング・アシスタント(
TA)で、大学のコンピュータ利用一斉授業でも2名程度のTAは一般的であることを考えると、当然の結果であろうと思われる。実際の活動内容は、ほぼ依頼内容と近いもので、学校によっては時間割を調整して活動日に情報活用の授業をフルに配置してうまく利用している。実際の活動で最近比較的多い内容は、ホームページの作成とトラブルシューティングである。表3 小・中学校からの代表的な依頼内容と件数(件)
依頼内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・ PC利用授業の支援 |
13 |
22 |
35 |
74 |
・教員対象の PC操作指導 |
16 |
18 |
37 |
61 |
・ PC利用授業の準備 |
12 |
17 |
26 |
57 |
・課外活動での指導 |
11 |
15 |
24 |
35 |
・情報技術に関する質疑応答 |
5 |
6 |
14 |
30 |
【 活動終了後の学生の反応 】
活動終了後、全員に記名式で
12項目のアンケートをとってきたが、その幾つかについて整理する。(1)活動先の要求にどの程度応えることができたか?
表4にその結果を示すが、学外に比重を移すほど相手の要求に応えられる割合が増加している。学外でも、重度身障施設や研修センターなどでは、力不足を感じる者が多い。特に、学内外ともハードウェア・インタフェースがらみの内容になると苦戦している。
表4 要求に応えられた程度(%)
質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・十分出来た |
11 |
11 |
15 |
39 |
・まあまあ出来た |
46 |
47 |
58 |
51 |
・力不足を感じた |
42 |
39 |
27 |
10 |
・ほとんど応えられなかった |
1 |
3 |
0 |
0 |
(2)種々の課題や問題にぶつかった時の対処方法は?
表5に示すように、多くの者が自分で何とか解決しようと努力していることが見て取れる。講義のテキストは買わなくても、活動先の要求に応えるため何冊も専門書を購入したことを自慢する話を報告会でしばしば耳にする。
表5 問題解決方法(重複回答可)(%)
質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・自分で調査し解決 |
56 |
60 |
64 |
75 |
・友人に相談 |
59 |
49 |
51 |
52 |
・情報工学科の教員に相談 |
28 |
24 |
15 |
1 |
・活動先の担当者に相談 |
23 |
25 |
27 |
13 |
(3)情報技術面で勉強になったか?
表6に示すように、学外が増えるに従い、情報技術面では期待したほど勉強にならなくなってきている。これは活動先の要求が、それほど専門的な知識を必要としない状況にあることが推察される。
表6 情報技術面の勉強(%)
質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・非常に勉強になった |
6 |
12 |
5 |
3 |
・かなり勉強になった |
25 |
20 |
16 |
12 |
・いくらか勉強になった |
51 |
43 |
51 |
54 |
・あまり勉強にならなかった |
18 |
21 |
24 |
25 |
・全く勉強にならなかった |
1 |
4 |
4 |
7 |
(4)コミュニケーション技術面で勉強になったか?
表7に示すように、本活動はコミュニケーション技術の面では非常に勉強になるようで、その内容を聞くと、@
説明する技術、A 意見を聞く技術、B 要求を整理する技術を挙げている。表7 コミュニケーション技術面の勉強(%)
質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・非常に勉強になった |
8 |
27 |
30 |
23 |
・かなり勉強になった |
48 |
35 |
35 |
49 |
・いくらか勉強になった |
34 |
28 |
31 |
22 |
・あまり勉強にならなかった |
9 |
8 |
5 |
3 |
・全く勉強にならなかった |
2 |
2 |
0 |
2 |
(5)人間的に成長したと思うか?
表8に示すように、9割近くの者が人間的に成長したと感じており、その割合もほとんど変化していない。その内容を聞くと、@
多様な人がいることを認められるようになったこと、A 忍耐強くなったこと、B 人の話を良く聞くようになったこと、の順である。表8 人間的に成長したか(%)
質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・非常に成長した |
6 |
7 |
7 |
7 |
・かなり成長した |
23 |
27 |
28 |
27 |
・いくらか成長した |
58 |
49 |
52 |
52 |
・変わらない |
13 |
17 |
13 |
13 |
(6)活動の前後で、今後の勉学面に変化があるか?
表9に示すように、7割から8割の学生が活動後、勉学意欲がわいてきたと答えている。その内容は、一般教養を身につけたいと答えているのが6割ほど、ソフト分野の専門の知識が4割ほど、ハード分野の知識が2割ほどである。異分野の人達と交わることにより、一般教養の無さを自覚したものと思われる。
表9 活動後の勉学面の変化(%)
質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・非常に意欲がわいてきた |
3 |
9 |
4 |
4 |
・かなり意欲がわいてきた |
26 |
31 |
22 |
26 |
・いくらか意欲がわいてきた |
43 |
39 |
55 |
42 |
・前と変わらない |
28 |
21 |
19 |
28 |
【 受入れ側の反応 】
次に、受入れ側がどのように感じているのか、幾つかのアンケートに答えていただいた。代表的な質問の結果を示す。
(1)期待していた通りのボランティアであったか?
表
10にその結果を示すが、毎年非常に好評で、「まあまあ」を含め3年間平均で96%の受入れ先が期待通りであったと答えている。「来年も依頼したいか?」聞いたところ、平均94%が依頼したいと答えている。また、受入れ担当者が精神的な負担を感じたかどうか聞いたところ、平均67%の先生は感じなかったと答えており、受入れ回数が増えるほど感じなくなる傾向がある。表
10 期待していた通りのボランティアであったか(%)質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・期待以上であった |
33 |
27 |
17 |
34 |
・期待通りであった |
30 |
41 |
66 |
52 |
・まあまあ期待通りであった |
33 |
29 |
14 |
8 |
・やや期待外れであった |
4 |
3 |
3 |
6 |
・期待外れであった |
0 |
0 |
0 |
0 |
(2)学生の活動状況はどうであったか?
学生の活動状況を聞くと、表
11のような結果であった。平均95%が自律的に活動していたと答えている。表
11 学生の活動状況はどうであったか(%)質問内容 |
9 年 |
10 年 |
11 年 |
12 年 |
・非常に自律的であった |
33 |
29 |
29 |
25 |
・かなり自律的であった |
42 |
38 |
46 |
56 |
・いくらか自律的であった |
23 |
24 |
23 |
15 |
・いくらか他律的であった |
2 |
9 |
3 |
4 |
・かなり他律的であった |
0 |
0 |
0 |
0 |
・非常に他律的であった |
0 |
0 |
0 |
0 |
【 教育効果の高い理由 】
2年ほど前に情報教育方法研究論文誌で情報活用ボランティアが人間教育と情報技術教育において教育効果が高いことを述べた。さらに2年の活動を経てその理由に確信に近いものを感じている。
その中で、学外に出して教育を行う例として、工場実習とボランティアを対比して理由付けを行った。工場実習では、学生は実習生として派遣されるため、基本的な取組み姿勢は、人から指導を受ける、人に頼るで、専門的な知識に対して、知らなくて当たり前と言う考え方に陥りやすい。一方、サイエンス・ボランティア(専門知識を生かした活動で情報活用ボランティアはその一つと位置付けられる)では、曲がりなりにも専門家として派遣されるため、基本的な取組姿勢は、人の手助けをする、人から頼られるで、専門的な知識に対して、多くの場合知らなければ恥ずかしいと考えることになる。その結果、動機付けの違いから、積極的な行動や自己学習など様々な効果が見られることになる。
また、情報活用ボランティアは、情報技術者に必要とされるコミュニケーション能力の育成方法として非常に優れている。なぜならは、ボランティアは相手の要求を良く聞き、出来ることと出来ないことを明確にし、できるだけ相手の要求に応えるように行動する。これは、すなわち、情報システムの設計の基本である。
【 卒業生の意見 】
最後に、卒業していく学生を対象にとったアンケートを示して、ボランティア活動の必修化に関する参考に供したい。
表
12 情報活用ボランティアは今後も必修で良いか?(%)質問内容 |
11 年 |
12 年 |
・必修で良い |
75 |
73 |
・選択にすべき |
13 |
21 |
・どちらでも良い |
12 |
6 |
【 発表論文 】
これまで発表した本教育に関する論文を以下に示す。