298 日本民俗建築学会04岡山大会 
三重県阿児町に伝承される隠居慣行の住み方
040522 伊藤庸一 Email ito@nit.ac.jp  http://leo.nit.ac.jp/~ito/

1はじめに 
 三重県阿児町には隠居慣行が伝承されている。一般に隠居は、家督並びに戸主権を通常長男である跡継ぎに譲ることを意味するが、ここでいう隠居慣行は柳田国男のいう積極的意味を有し、多くは長男の結婚を機に主屋(対象地では本屋と呼称)・家督・戸主権を譲り、自らは敷地内に別棟を建て隠居屋として移り住んで独立した生計を営む慣習である。空間の作り方として興味深い点は、隠居する親世帯が敷地内に隠居屋を建てて、移ることである。1986年に本屋と隠居屋の住み方に関する調査を実施した。その後の経過調査で隠居屋を確認できたものの、聞き取りでは隠居慣行が徐々に衰退していた。本稿は、1986年調査をもとに、隠居慣行を資料として記録することが狙いである。対象数は17である。

2本屋の住み方
 本屋の家族は3〜7人、平均4人であった。本屋は跡継ぎ夫婦の住居であり、核家族に相当していて、夫婦と子ども2人の構成が多いことになる。物置などを除いた居室の部屋数は6〜10で、平均は7.6部屋になった。部屋名を聞いてみると、ザシキ・ダイドコ・カッテがすべての住戸にあり、ネマが16で、次いでオニワ(10)、ヨジョウ(9)、コドモベヤとトオリ(各7)が続く。ネマのない住居は代わりにオオネマ・コネマがあり、ザシキ、ダイドコ、カッテ、ネマの4部屋が全ての住居に備えられていることになる。他の部屋は部屋数の増加とともに出現する傾向がみられた。 基本となる4部屋について、押入等を含まない広さの平均は、ザシキ7.7帖、ダイドコ8.5帖、カッテ9.5帖、ネマ5.7帖であった。部屋の使い方は、ザシキ=法事・結納などの特別な行事・儀式を行う、特別な客を招くとの回答が多い。すべての本屋のザシキに床・仏壇(仏教以外をのぞく)を備えており、格式のある儀式・接客空間であることが分かる。また、ザシキまわりのヨジョウ・オニワ(土間であるが特別なときは簡易的に床を組む)・トオリは、日常はそれぞれ縁・出入口・通路であるが、儀式等の時はザシキの続き間として開放され、広い空間を形作る。ダイドコは家族の団らん、人寄せ・会合、親族の集まりの回答が高く、次いで親しい客を通す、食事の回答がみられた。神棚は、ダイドコ(またはダイドコに続くキタグチ)に備えられることが多く、家族の日常生活の中心の部屋であることを示す。行事などの時はキタグチを続き間とするなど、人寄せのため広くすることができる。カッテは食事室の回答が高く、次いで親しい客を通す、世間話の場になっている。炊事場、並びに別棟の水場につながる出入口を設けており、炊事・食事を中心とした家族の日常の空間である。ネマは夫婦の寝室、大事なものの収納に使われる。子どもたちはヨジョウ(4帖)やトオリ(4〜6帖)を私室に使っていた。

3隠居屋の住み方
 隠居屋は親夫婦の隠居の際に建てられるが、跡継ぎの弟姉妹も結婚・独立しない限り一緒に隠居屋に移ることが多く、隠居屋の家族数は1〜5人、平均2.3人であった。部屋数は3〜5、平均3.8部屋で、本屋より平均で4部屋少ない。部屋名を聞くと、ネマ14、ダイドコ13、カッテ13、ザシキ11と続く。ネマや、ダイドコ、カッテ、ザシキのない住居は特に名前のつけてない部屋が代わりにあるのがほとんどで、この4部屋が隠居屋を構成する基本となっている。オニワやヨジョウといったほかの名前のつく部屋は皆無であった。平均3.8部屋からも、隠居屋はネマや、ダイドコ、カッテ、ザシキで構成されているといえる。部屋の広さをみると、ザシキ・ダイドコ・カッテはそれぞれ平均6.2帖、ネマは5.8帖で、本屋より小さいことが分かる。部屋の使い方は、ザシキ=大切な客を招くの回答が高い。床を約半数が備えており、格式性をうかがわせる。但し、隠居屋に仏壇は置かれない。弟姉妹が同居するときの寝室、親戚の宿泊室、法事等の際の予備室の回答もあり、本屋を含めた家の動きに対応する利用が見られる。ダイドコは家族の団らん、親しい客を通す、世間話、食事、本屋を招く(逆に隠居が本屋に食事等を招かれるのは、行事などの特別な場合となる)の回答が高い。隠居屋の日常の生活空間であることを示す。カッテは食事の回答が高く、炊事場を持ち、炊事・食事空間となっている。ネマは親夫婦の寝室・私室空間である。

4おわりに
 本屋は跡を継いだ若夫婦が家としての社会性を示していて、ダイドコ・ザシキ・カッテ・ネマはそれぞれ広く、さらにヨジョウ、トオリ、オニワなどの続き間となる部屋をもつ。対して、隠居屋は親夫婦の生活の場が基本で、ダイドコ・ザシキ・カッテ・ネマの4部屋で構成され、部屋も小さめであるが、本屋を補完する機能をもつ。隠居慣行とは、若夫婦を社会の一員として代表させるとともに、本屋・隠居屋が相互に助けあい、生活を営む仕組みである。

事例7109本屋   事例7109隠居屋 
 
 
事例7109配置 事例7109間取り 
 
 
隠居慣行の住み方
  本   屋 隠 居 屋
ザ シ キ 儀式・行事・接客 接客・子供室
ダイドコ 団らん・近所 団らん・近所
カ ッ テ 炊事・食事 炊事・食事
ネ  マ 寝   室 寝   室
ヨジョウ 縁・続き間 (無し)
オ ニ ワ 出入口・続き間 (無し)
ト オ リ 通路・続き間 (無し)
キタグチ 物置・続き間 (無し)